ABSOLUTE LIFE

すてきなものにかこまれ、すてきな音楽をきき、すてきなものをたくさん見ることが、心のビタミン補給です。
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DJ OZMAの胸中の謎。

今年の紅白歌合戦は、期待していた以上におもしろかった。
去年よりも、断然いい出来だったと、わたしとおかーさんは思っている。
仲間由紀恵の落ち着いた司会は、見ていて清々しさすら感じたし、
アーティストひとりひとりの紹介があって、
正しい歌番組、というかんじがして、とってもよかった。

ただ、視聴率が去年より下がった、とか、DJ OZMA騒動とか、
NHKの意図と逆行したニュースが飛び交っていたことには、
個人的にとても残念だ。
もっと伝えるべきことはたくさんあったはずなのに、
メディアって、どうしてこうも低俗なんだろうか。

特にDJ OZMAについては、海外でも報道されるほどの過熱ぶりだった。
そこまで毎日ニュースにならなきゃいけないことのなのか?

わたしはあれをリアルタイムで見ていた。
一瞬、はだかかと思い、自分の目を疑った。
おかーさんも、「なにあれー」と言っていた。
徐々に目が慣れてくるにつれ、あれは偽者だとわかったけれど、
視聴者の趣向をまったく無視したパフォーマンスであると感じた。
たしかに興味深かったし、インパクトはあったし、
彼の存在感は、十分に印象付けられた。
でも、はっきり言ってむかついた。
あれを見て、ものすごくたくさんのひとが不快な思いをしたであろうことが、
誰にでも一目瞭然だったからだ。

予想通り、OZMAは徹底的に叩かれた。
NHKには抗議が殺到し、NHK全体の信用問題に発展するまでになった。

パフォーマンス、という点において、最も重要なのは、自由と個性であり、
モラルという概念はそれほど上位には、ない。
ただ、観客の気持ちを無視したパフォーマンスは、
ただのいやがらせに過ぎず、
さらにそれが公共の電波に乗っているのであれば、
それは「公害」以外の何物でもない。

あれは、ワハハ本舗から借りた衣装なのだそうだ。
彼らの特徴を知っていて、お金を払って見に行くのならば、
ああいうシーンがあってもいいだろう。
でも、舞台が紅白歌合戦となると、話は別だ。
あの番組に対し、視聴者が求めているのは、「日本一正統な歌番組」であり、
老若男女をターゲットとして演出すべき舞台だからだ。

先日公開されたDJ OZMAのブログで、彼はこのように述べている。

「ただ、びっくりしたんだ。
 あのステージを『低俗』だの『不謹慎』だの言う人間がいるだなんて事にさ。」

わたしは逆にその発想に驚いた。
このひと、何もわかっていないのか…。
さらに彼は、こうも述べている。

「俺は裸婦像もポルノ女優も心から美しいと思うんだ。
 そう感じる心を育ててくれた両親に感謝してるよ。」

いや、叩かれてるのは、そこじゃないんだってば。

わたしだって、ひとのはだかはきれいだと思うし、
ポルノ女優の美しいからだには、あこがれる。
ただ、世間が彼に対して言いたかったことは、
その価値観が、いつでも、どこでも、だれにでも
必ずしも通用するってわけじゃないってことだ。
番組の出演者に選ばれたから、何をしてもいいってわけじゃなくて、
テレビの向こう側で見ているひとたちの気持ちも考えなくちゃいけない。
おぢーちゃんや、おばーちゃんには、あれはどう考えても通じない。
パフォーマンスは、見る側に受け入れられなければ成立しないのだ。
紅白でインパクトを与えたい、目立ちたい、と思うのなら、
こういうのじゃなくて、他の方法がいくらでもあったはず。
だって、彼には十分な個性や魅力やアイディアがあるのだから。

先ほどのブログの記事には、彼なりの苦悩も読み取れるのだが、
ほかの記事では、とにかくたのしそうな彼の生き様を垣間見ることができる。
きっと、いつもその場をたのしませようと、気を使っているんだろうな。
こんなふうに、わたし的に、彼になかなか期待していただけに、
この騒動は、ちょっと残念なものになってしまった。

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