かっこいい男なんて、いないもん。
まだまだ情緒不安定継続中のわたし。
今日、泣きながら会社から帰ってきたら、
ばんごはんが、じんぎすかんと、串だんご3本だった。
へヴィすぎるぜ。
さて。
わたしは気が多い。
好き嫌いがはっきりしているので、
「このひとはすてきー」と思ったら、そのすてきなひとをほめちぎる。
そして、テンションがあがる。
もちろん、本気ですきになるかどうか、っていうのとは、また別だけど。
今の会社には、すてきー、と思えるかわいい男の子が何人かいたので、
男性の友人に
「こんなかんじで、かわいくて、すてきなひとがいるのよー」
と言うと、彼は
「うさぎさんの男の基準は、「かわいいかどうか」なんだね、
「かっこいい」じゃないんだね」
と言われた。
当たり前じゃねーか。
かっこいい男なんて、いないもん。
男のひとは、かわいい、と言われてもうれしくないらしいですね。
なんか、見下されてるような気がするらしいじゃないですか。
だから、かっこいい、と言われることを喜ぶらしいじゃないですか。
まあ、女の人が、かわいい、より、きれい、っていわれた方が喜ぶ、
っていうのと同じ原理なんでしょうね。
でも、わたしはそうじゃないと思うのよ。
「かわいい」こそ、いちばんの誉め言葉だと思うわ。
かっこいい、にしても、きれい、にしても、
そこには、そう感じるひとの夢やあこがれが含まれてるもの。
だから、その夢がこわれたとき、かっこいいもきれいも、
あっというまに崩れてしまう。
でも、かわいい、というのは、
そのひとのありのままを受け入れてもらえる、ということなのですよ。
わたしは男の人について、「かっこいい」と思ったことはない。
だって、わたしは、そのひとのすべてを見ているから、
かっこいい部分だけを見ることなんてできないもん。
どんなひとにも、「あららー」っていうかわいらしい部分がある。
ひとは、かっこいい部分だけを見せて生きていくなんてできないから。
だから、かっこいいところだけ、きれいなところだけを見せようと
背伸びをするのではなくて、
いざというとき、自分のすべてを受け止めてもらえるよう、
日々、まわりのひとたちに優しい声で話しかけ、気を配る、というのが、
わたしの考える、「すてきなひと」の定義。
でも、もし会えることなら、会ってみたいなあ、
かっこいい男。
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