時計。
恋人は、ちょっとかわっている。
まあ、わたしがふつうじゃないとよく言われるので、
それも当然のことかもしれないのだけれど。
わたしがいつも感心するのは、
いい意味で、彼が「とてもにぶい」ということだ。
わたしはちょっとしたことでかなり動揺してしまうけれど、
恋人は、たいていのことを軽く乗り切れるし、恐ろしくマイペースである。
たとえば。
彼は今年から愛知でひとりぼっちで働いていて、
時間、仕事内容ともに激務なのだけれど、
それでも、めったに弱音を吐かない。
わたしと会う費用を捻出するために
(会うための旅費は、すべて彼が出してくれているのだ。)
ちゃんと節約して、毎日せっせと自炊し、
お休みの日も豪遊せずに、つつましやかな生活を送っている。
わたしの方が仕事もらくだし、ともだちも家族もいるし、
家事もあんまりしてないし、いつも遊び歩いてばかりなのに、
わたしの方が断然文句が多いのは、一体どういうことなんだ。
彼の話といえば、
「仕事中、みんなが集中しているときにおならが出て、笑われたさー」
とか、
「会社のトイレでうんこ中に、無意識に”みつばちハッチ”歌ってたさー」
とか、
「道端で1万円拾ったから、座椅子を買って、
背中にしょったまま、ビデオ屋行ってきたら、みんなに見られたさー」
とか、どうにも脱力系なものばかりだ。
なぜ仕事中におなら?
なぜうんこ中に無意識でハッチ?
なぜ1万円も拾ったのに座椅子??なぜしょったままビデオ屋へ???
恋人の世界はあまりに深く、ふしぎなので、わたしはそれを確かめるため、
いつも彼に無理難題をもちかけてみる。
目に付くものを手当たり次第「これ買って、あれ買って」とねだってみたり、
「今から迎えに来いやー」と、だだをこねてみたり、
「みんなの前でイナ・バウアーやれよー」と言ってみたりする。
そのたびに彼は、軽く「いいよ」と言うのだけれど、
それはいつも本気の「いいよ」なので、
わたしはその返事に安心して、それだけで満足する。
なので、決して虐待はしていないのでご安心を。
前回彼に会ったときも、いっしょに買い物をしながら手当たり次第
「これ買ってー、あれ買ってー」
と適当に言っていたのだけれど、本当に彼に何かを買ってほしくなった。
そのとき、ちょうどいい腕時計をみつけたので、
本当に買ってもらうことにした。
文字盤のまわりにきらきらのラインストーンが埋め込まれて、
すごく派手なおもちゃ時計だ。
ステラプレイスの地下にある、おきにいりの雑貨屋さんで買ってもらった。
今までは、「常に身につけるものをもらうなんてー、気持ちわるいー」
とか思ってたくせに、なぜかわたしには特別なものに思え、
安物だけど、「すごく大切にしなくては」という気持ちになって、
帰りのJRのなかで、その時計をずっと眺めていた。
本当は、おでかけのときだけつけるようにしようと思ったのだが、
あまりに気に入ったので、会社につけていくことにした。
すると、会社のえらいひとから新しい仕事の話を持ちかけられた。
えらいひとたちは、ちゃんとわたしのことを見てくれていたのだ。
その後も毎日つけていったのだが、
欲しいものはみつかるし、
会いたいなーと思っているひとたちから自然に連絡がくるし、
仕事はうまくいくし、
何でも自分の思い通りになってしまった。
まあ、親戚のうちで苦い思いを味わったものの、
それくらいの見返りは当然だろう。
「わたし、しあわせすぎて、こわいの…」
と思ってしまうほど、ものすごくたのしい日々が続いている。
あまりにたのしすぎてこわいので、神社にお参りに行ったくらいだ。
恋人の意志が時計にのりうつったのだろうか。
それとも、気持ちの問題なのかしら。
ひととの距離は、空間的なものではなく、
精神的な距離ではかるものなのかもしれません。
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