家から駅までは、ちゃりんこを飛ばす。
駅の近くには、駐輪場があって、
そこには、大量のちゃりんこがひしめきあっている。
朝は、止めるスペースがないので、無理やりちゃりんこを押し込むのだが、
帰りにはそれが裏目に出て、
からまったちゃりんこをひきはがすために、
たいへんな労力を要したりする。
今日は、そんな運の悪い日だった。
ちゃりんこ置き場に到着すると、
そこはまるでドミノ大会のあとのような状態で、
何台ものちゃりんこが折り重なって倒れており、
わたしのちゃりんこを救出するのがたいへんそうな状態だった。
しかも、この日の格好は、花柄のひらひらスカートで、
そのうえ、わたしは高島屋の紙袋を持っていたため、
作業はいつもよりもむずかしかった。
「むきー」と思いながら、ちゃりんこと戦っていたところ、
ひとりの若者が、いくつものちゃりんこを起してくれるではないか。
たぶん、大学生くらいの、茶色い髪の男の子だった。
初めは、彼のちゃりんこも下敷きになっていたのかと思ったのだが、
「だいじょうぶですか」
と声をかけてくれたことにより、
彼が親切心からちゃりんこを起してくれていることがわかった。
若者、いい奴じゃん。
こういうとき、村上春樹の本に出てくる女性だったら、
洗練されたせりふも出てきたのだろうけれど、
わたしときたら、ふつうに「ありがとうございます」
と言うしかできなかった。
たくさんのちゃりんこを起してもらったあと、
わたしはこの若者に心からお礼を言った。
彼は、「おれっていいやつだろ?」みたいなはにかんだ笑顔を見せた。
そして、彼はとてもかわいかったので、
何かしてあげたいと思ったのだが、
わたしが持っていた高島屋の袋には、
生憎、お土産用の「貝のしぐれ煮」しか入っていなかったし、
なんぱしてみようかしら、という思考回路にたどりついたのは、
その場を去ったあとだった。
ちゃりんこをぶっ飛ばしながら、わたしは自分の女力の低下を嘆いた。
へんてこりんなペット(25歳♂)を家でかわいがりすぎていたために、
攻めの女力を忘れてしまっていたのだ。
わたしは、今日、貝のしぐれ煮をお土産に買った自分を責めた。
せめて、セール中のミスタードーナツあたりだったら、
「お礼に」
と言って手渡すことができたのに。
若者にしぐれだなんて、ロマンがなさすぎる。
「豚に真珠」よりもセンスがない。
こういう「女の力試し」は、
こちらが完全に油断しているときにかぎってやってくるものだ。
「女力抜き打ちテスト」は、ふつうの生活にも潜んでいるのだ。
これからは、毎日気を引き締めていなくては。
今回は、若者に完敗だったけれども、
今度はちゃんと、うまくやってみせるわ。
だから、もう貝のしぐれは買わない。