ABSOLUTE LIFE

すてきなものにかこまれ、すてきな音楽をきき、すてきなものをたくさん見ることが、心のビタミン補給です。
2

パーティー。

昨日、「たんじょうびです」と宣言したので、
いろんなひとに、「おめでとう」メッセージをいただきました。
催促したみたいでごめんなさい。
でも、ありがとうございます。感謝しています。

昨日のパーティーでは、初対面のひとたちにも祝ってもらい、
みんなおごってくれた。
かなり酔っ払ったけど、帰りのタクシー代を含めて千円くらいしか
使っていなかった。
誕生日ってスバラシイ。

いつものお店は、わたしのためにプレゼントを用意してくれていた。
なんてありがたいの。

冬支度セット(耳かけとか、くつしたとか)の下から出てきたのは、
なんと、りぼんが結ばれたピンクのレースのTバックだった。

おい。
わたしはこれをどうしたらいいんだ。

「写真とってあげるからはいてみなよ」
と言われたが、丁重にお断りした。
その写真、どうしようもないですから。

こういう、いかにも「勝負!」な下着というのは、
よろこばれるか、どん引きされるかの二極しかない。

恋人に話したら、
「今度会うとき、はいてきてよ」
と言う。
おまえはよろこぶタイプなのか…。
はいてはいかないけれど、見せてあげよう。

昨日はしゃぎすぎたせいで、
今日の仕事は完璧にぐたぐたであった。

今日はもう限界なので、明日かならずメッセージのお返事しますね。

1

バースデー。

今日はわたしのたんじょうびです。
26歳になりました。
大人になったと思うところもありますが、
ちいさいときに想像していた26歳とはちがうな。

何人かの友人がメールをくれた。
なかでもいちばんうれしかったのは、
大学のときにお世話になっただいすきなともだちからのメール。

彼女は中国に住んでいて、
ほとんど連絡を取っていないのに、
ちゃんとわたしの誕生日を覚えていてくれて、
その細やかな気遣いをわたしは心から尊敬した。

そのメールに、
「うさぎさんがすてきな26歳の日々を送れますように」
と書いてあった。
わたしの人生はいままですてきだったのだから、
26歳もすてきにしてみせるわ。

今年はいままでの人生のなかで、いちばん苦労をするつもりです。
自分の価値をもっと高めるために。
後悔しない人生にするために。

今日からは、さらに気を引き締めて、
常に自分を客観視して生きていこうと思っています。

これからいつも行くお店でパーティーをします。
本当はふつうのクリスマスパーティーなんだけど、
お店おひとには、
「25日はわたしのバースデーパーティーよ!!!!」
と強引に宣言しておいたのだ。

よし、飲むぞ。
もちろん明日も仕事ですけれど。

行ってきます。

0

恋人の夢。

恋人がいまいちばんほしいものは、
「どこでもドア」なのだそうだ。

就職が決まってからの恋人は、世界が広がったからなのか、
ナイル川の如く淀みなくしゃべるのだが、
この「ドラえもん」ネタになると、さらに饒舌になる。

「おれがいまいちばんほしいのは、どこでもドアだね。
 もし手に入ったら家の玄関のドアをどこでもドアにしちゃうね。
 そしたらさー、たとえば森のくまさんに会いたい!
 って思ったときとかさ、すぐ会いにいけるんだよ。」

…森のくまさんに会いたいと思ったこと、ある?
わからない、恋人の妄想があまりにメルヘンでわからない…。

そこから話は飛び、
恋人は
「おれ、すっげー金貯めて、ぜってー金持ちになってやっから。
 そしたらなんでも買ってやっから。」
と、頼もしいことを言うので、試しに
「じゃー、アナスイの花柄のスカート買って」
と言うと、
「おう、5枚くらい買ってやる」
などという勢いづいた答えが返ってきた。
「ふえー、すごいね、1枚4万円くらいするんだよ」
というと、
「あ、だめだー」
わたしはその程度なんだな。そうか。そうだったのか。

とどめはイルカの話だった。
「おれが金持ちになったらね、南の島へ行って、
 海のイルカを何十頭も呼んで、一緒に泳ぐね」
…お前は海のペーターか。

わたしもかなり夢見ごこちで生きているつもりだったけれど、
恋人は筋金入りの夢見人であった。

とりあえず、ドラえもんのポケットが手に入れば、
彼のすべての望みが叶う、という結論に達し、
今日の電話は終了した。

2

賞味期限

最近とても調子がいい。
わたしの1ヶ月のうち、3分の2は不調か怠慢なので、
いまは、わたしにとってとても貴重な時間である。

というわけで、調子のよいときくらいは、
できるかぎり家事をするようにがんばっている。
意識してするようにしないと家事をすべて忘れてしまいそうなくらい、
実家は居心地がいい。

おかーさんが、
「今日はクリスマスパーティーに行ってきまーす」
と言い、
おとーさんが、
「おれもあそんでくる」
とおでかけしていったため、
わたしはひとりでばんごはんを食べることになった。
調子がいいので、何かしら作ろうと思い、冷蔵庫をあけたのだが、
家の冷蔵庫にはあやしげなものが多く、
まさにワンダーランドであった。

味噌汁を作ろうと思い、豆腐を手に取った。
賞味期限は1週間前にきれていた。
迷ったけれど、
「加熱するから、いけるだろう、もったいないし」
と思い、その豆腐を使って味噌汁を作った。
食べると、なんとなく、いやなかんじだったので、
母に味見をしてもらった。
「だいじょうぶ」という母の言葉を信じた。
だいじょうぶだった。

さて。
わたしは最近牛乳をよく飲むようにしている。
カルシウムはわたしには特に必要な栄養素だと思っているからだ。
背が低いし、いらいらしやすいし、最近寝不足だし。
というわけで、牛乳を飲もうと手に取った。
豆腐のことが頭をよぎったので、賞味期限を見てみたら、
3日ほどきれていた。

わたしは再び迷った。

豆腐は加熱するけれど、牛乳はそのまま飲むものだよな…。
沸騰させればだいじょうぶかもしれないけど、
あったかい牛乳はいやなんだよな…。

「おかーさーーん!!」
と母を呼び、再び賞味期限がきれていることを伝えた。
牛乳はやばいでしょう。
しかし、母は言う。
「だいじょうぶだって、おかーさんもいっしょに飲むから。」
と言って、疑惑の牛乳を一気した。
「だいじょうぶだいじょうぶ。」
といわれると、なんとなくだいじょうぶなような気がしてきて、
わたしもその牛乳を飲んでみた。
うん、まあ、だいじょうぶ、かな??

それから2時間ほどたった今、
わたしはなんとなく気持ち悪い。
精神的なものなのか?
でも、おかーさんにはだまされているような気がする。
このまま無事に朝を迎えられるかどうか、どきどきする。

4

すきなものを「すき」だと言えること。

友人から、
「今度久々に中学のときの同窓会をするらしいよ」
という話を聞いた。
考えてみれば、5、6年ぶりくらいだ。

なんでいまさら?
というのが、その話をきいたときの第一印象だったのだが、
「中学のときにすきだったひとに、また会ってみたい!」
という好奇心のほうが強くなって、わくわくしてきた。

前回の同窓会で再会したときに、
わたしはそのひとに申し訳ないことをしてしまい、
それを負い目に思っているのか、
そのとき以来、彼が頻繁に夢に出てくるのだ。
それは悪夢というほどではないけれど、
目が覚めたあとは、
やわらかい糸でしばられるような気分になる。

会って、話をして、自分の気持ちを伝えることができれば、
その夢から解放されるような気がする。

わたしはその友人に
「そのひとが来るなら行くー」
と答えた。
そのときに、
以前のわたしなら、すきだったひとのことを
そんなふうに正直に話すなんてできなかったよなー、と、ふと思った。

学生のころ、自分のすきなひとや、すきなもののことは、
本当に心を許した友人にしか言えなかった。
もちろん、すきなひとに自分の気持ちを伝えることなんてできなかったし、
そんなことはすべきではないと思っていた。
誰にも知られたくなかったくせに、
なかよしの友人にだけは、
休み時間のおしゃべりにつきあわせたうえ、
交換日記にまで一方的な思いを綴るなどして、
強制的にわたしの妄想に巻き込んでいた。
でも、彼女はいつでもわたしの話をちゃんときいれくれていた。

いったいいつから、自分のすきなひと、すきなものを
堂々と「すきだーーー」と言えるようになったんだろう。
そういうふうに、自分の気持ちをストレートに、
自信を持って宣言できるようになることが、
「大人になる」ということなのかもなあ、
と考えた。

今のわたしなら、すきなひとに「すき」っていうのは簡単だ。
っていうか、むしろ言いたい。
自分のすきなものは絶対にスバラシイっていう自信があるから。
「あなたはすてきよー」
って、たくさん言いたい。
わたしは本当に変わった、たぶん、いい意味で。

同窓会がたのしみです。

0

片付け魔。

ここのことろ、仕事がおちついていて、
仕事中もゆったりまったりとした時間を過ごしています。
らくちんですが、とっても眠くて、あくび連発。
だらしなさ絶好調で、ひたすら睡魔と闘う日々です。

そんなわたしのいまのメイン業務は、
毎日の仕事場の片付けです。

仕事場は、とにかく乱れています。
わたし以外にかたづけをするひとがいなく、大荒れなのです。
職種が職種なので、仕方がないとは思うのですが、
でも、息苦しくなってしまうよ…。

というわけで、ごみを捨てたり、掃除機をかけたり、整理整頓したり、
日々どこかしら片付けています。
わたしが片付けすぎなのか、周囲に圧迫感を与えているらしく、
まわりのひとも、わたしに気を使ってくれるようになってしまいました。
これではまるで、おそうじおばさんです。

それにしても、どうしてあんなにいらないものが出てくるのか、
わたしには不思議で仕方がない。
なんで、明らかに不要なものが10年も保管されているのかしら…。
うーん。
まるで、化石発掘作業だー。

自分の仕事場や机まわりを片付けるのは、
仕事の基本だとわたしは考えています。
仕事をするところが片付いていないと、
自分がいましている仕事がきちんと見えないし、
探し物で仕事の時間をつぶしてしまうことは、
非常にもったいないことだと思っています。
だから、時間のあるときを見計らって、
できるだけ整理整頓しておくように心がけています。

いらないものを片付けると、物理的、精神的に
すっきりするではないですか。
それに、長年眠らされた不要なものには、
悪い気がたまってしまうのですよ。
こんなふうに考えるようになったのは、
何度も引越しをしたので、その度に不要物の処分に悩まされたことも
原因なのかもしれません。

なーんて言ってる割には、
わたしの部屋はきたないです。散らかってます。
自分でもふしぎです。
職場は片付いていないといやなのに、
なんで自分のお家は気にならないのかしら。
わたしはなりそこないのおそうじおばさんです。

そして、今日はりきって片付けすぎたせいか、仕事でミスをしてしまい、
明日は朝からえらいひとたちに謝らなければなりません。
がーん。

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正しく日々を過ごすということ。

ここのところ、わたしはなかなかに忙しいらしい。
あっ
という間に12月も中盤。
月日の流れがはやいのは、
それだけ充実した日々を送ることができているということですね。
わたしはこういう
「あれっ?もうこんな日付なの?」
という感覚を覚えると、とてもうれしくなります。

こういうときこそ、
毎日を丁寧に過ごさなくては、と思う。
ちゃんとお部屋をきれいにしたり、
つめをきれいにしたり、
ストレッチをしたりして、
だらけないように気をつけています。
そうしないと気がゆるんで、がらがらくずれちゃうから。

ホリーガーデンという本に書いてあって納得したのだけれど、
結局のところ、わたしにとってのしあわせは、
日々を正しく過ごすということなのかもしれない。

前回のブログを投稿してから今日までのあいだ、
いろいろたのしいことや考えることがあったのですが、
それは明日から小出しにしていくことにします。

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冬チャリ。

ローカルネタの連発で、
本州方面の方々には、申し訳ないのですが、
どうしても疑問に思ったので、ここで主張させていただきます。

帯広はもう、雪が降ったので、
路面がつるっつるのてっかてかになっています。
道路がスケートリンク状態です。
車はすべってて、毎日どっかで事故が起きてるし、
わたしも歩くときには、細心の注意を払っています。
それでもずるずるすべってます。

なのに。
なのに。
それなのに。

未だにいるんですね、ちゃりんこに乗ってるひとが!
しかも、おぢさんとかおばさんに多い。

超危険。

不穏な気配に振り返ると、
おばさんが、よろよろとちゃりんこに乗って、
わたしを追いかけてくるのよー、きゃーー。
すべったらどうすんの?
わたしのところにつっこんでくるつもり?
まだお嫁にも行ってないんだから勘弁してよぅ。

なんでだろう。
恐怖を感じないんだろうか。
わたしは大いに感じるよ。
カーブとかさ、曲がれないしさ、
なんかあったときに止まれないじゃない?

って、ちゃりんこ乗ってるひとたち全員に諭したい。

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劣悪なPC環境。

自慢じゃないですが、
わたしのPCは、ちょっとやばい。

購入したのは、約5年前なのだが、
特にメンテナンスもしていないため、
どこもかしこもがたがたである。

OSなんて、いまどきレアなWindowsMeだし、
メモリは64MBしかつんでないし、
それなのに、Photoshopとか、ウィルスバスターとか入れちゃってて、
めちゃくちゃ動き悪いし、
おまけにマウスまで壊れちゃってて、
肩に余計な力がかかっているーーー。

わたしの場合、性質の悪いことに、
「このままではいけない、
 こうすればいいのに」
ってわかってるのに、ほったらかしにしている。
だめねー。

本当は、XPにして、Skypeしたいし、
光学式マウスもほしいし、
メモリもせめて、256MBはほしい…。

というわけで、おとうさんにおねだりしてみよう。

2

古着屋「FLAVOR SOUTH」

おかーさんが、
「あんた、誕生日だから、1万円あげるから、
 ばばしゃつか、あったかい服でも買いなさい」
というので、
「それじゃあよろこんで」
というわけで、1万円をにぎりしめて、古着屋さんへ向かいました。
だってー、ばばしゃつより、洋服がほしいし、
冬に1万円じゃあ、セェタァ1枚しか買えないよぅ。
そんなわけで、冬は、古着屋さんへ行く機会が増えます。
古着屋さんなら、大物も安く売っているから。

わたしは、洋服には一応こだわりがありまして、
その趣味はかなりうるさい方だと思っています。
と言っても、
おしゃれさんかどうか、ってのは、また別な話ね。
おしゃれにはあんまり自信ありませんけど。

とにかく、いろんな洋服に関するこだわりがあるんですが、
そのうちの1つが、
「コーディネートの一部にビビッドカラーを取り入れる」
というものです。
こうすることで、脱!地味女を図っているわけです。
しかしながら、世の中は、「ベーシック」が主流なのか、
なかなかきれいな色の服がない。

こういうときにも、古着屋さんは救世主です。
ド派手な洋服も簡単に手に入ります。

今日向かったのは、西1条南9丁目にある女性向の古着屋さん「FLAVOR SOUTH」。
前から気になっていたのですが、初めて足を踏み入れました。

入ってみると、かわいいものたちの宝庫。
すてきな店員さんをも巻き込んではしゃぎまくりました。
女性向けの古着屋さんって、なかなか少ないので、
1つのお店でこんなにストライクなものがみつかり、大喜びでした。

いろいろ試着したりして、大騒ぎしたあげく、
購入したのは、3点。

1つめは、すっごーーーくきれいなエメラルドグリーンのニット。
あー、デジカメがあったら写真をとれるのに…。
とにかく色にひとめぼれ。
ドルマンスリーブでレトロなかんじ。
そして、肌触りが最高になめらかで、即決でした。
だぶっとしてるので、ミニスカートにでもあわせようかな。

2つめは、全部が花柄のバッグ。
もち手も、底面も、全部花柄。
大きさと持ち手の長さがちょうどぴったりで、
ミクロなわたしでも、バランスがよかった。
これからは、毎日このバッグで通勤する。

3つめは、ちょうちょのブローチ。
ちょうちょが2匹ついていて、しかも、色がきれい!
ピンクっぽいのですが、角度によっていろんな色に見えます。
コートの衿元か、マフラーにつけます。

この3つで、1万円は終了。
1万円って、ほんとにあっという間だな…。

古着屋さんで、こんなにお買い物したの、初めてでした。
店員さんがかわいくてとてもいいひとだったせいかもしれません。
またおきにいりのお店が増えました。

かえってきてからおかーさんに見せたら、
「うへーーー」
と言っていました。
うん、確かに、わたしの趣味は、他のひとにはあまり受け入れられないの…。

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江國香織 「ホリーガーデン」

ホリー・ガーデン 「薔薇の木枇杷の木檸檬の木」にひきつづき、
 江國香織のホリー・ガーデンを読んでいる。
 仕事の休憩中には、江國香織の本が手放せなくなってしまった。

 これはまだ読んでいる途中なのだけれど、
 心にがつんときた言葉があったので、書きとめておく。

 
それは、主人公果歩が勤めているめがね屋さんの上司に
小言を言われたときの一文。

結局 ―窓際の、今しがたまで象足の立っていた場所にたち、外を見ながら果歩は考える― 結局、感情的になった方が負けなのだ。余分な好意が人を感情的にする。

そうかー、と、目からうろこが落ちる思いだった。
感情的になってしまうのは、自分に余分な好意があったからなのか。
自分の好意が人も、自分をも不快にしていたなんて。
感情的になる原因は、自分のなかにあったなんて。
好意というのは、あくまでも一方的な感情であるということを知った。

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おふろがきらい。

こんなことをいうと、女失格なのであるが、
わたしはおふろに入るのがあまりすきではない。

「おふろに入る」こと、そのものはすきなのだけれど、
毎日入らなくてはならない「義務」として考えると、
「今日は入らなくてもいいやー、またあした」
と、なってしまうのだ。

このごろは、すべてにおいて無気力になっているため、
おふろに入ることをかなりめんどうな作業だと思ってしまう。

恋人は、そんなわたしの習性と心理状態を知っているので、
最近電話をすると、
「おふろ入った?顔洗った?」
とわたしに確認する。
我ながら完璧なダメっぷりである。

しかし、
ひとから言われたことに反抗したくなる、あまのじゃく要素の強いわたしは、
そういわれると、ますます
「入らないもんねーー」
と反抗してしまう。

まあ、こんなかんじで、わたしはおふろに入らなかったり、
顔を洗わないで眠ってしまったりと、
だらけきった生活を送っていたわけですが、
恋人は、昨日の電話で衝撃的な発言をしたのだ。

「きっと、おふろに入ってないの、ばれてるよ。
 だって、髪を洗っていない日は、
 なんか、中途半端なシャンプーの匂いがするもん」

ちゅ、ちゅうとはんぱなシャンプーのにおい?!
どんなにおい?!
どんなんだかわかんないけど、
なんだかすごく危険な匂いっぽいぞー!

そのシンプルなのに曖昧でわかりにくい表現に
わたしは腹を抱えて笑った。

そうか、そんな危険な香りがするのか、わたしは。
そりゃー、毎日おふろに入らないとな。

とりあえず、今日はボディショップのボディバターをぬって眠るので、
パッションフルーツのすてきな香りがします。おほほ。

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帯広駅前探検クラブ。

せっかく立ち直ったと思ったのに、
やっぱりまだ立ち直っていなかった…。

というわけで、友人に
「デートしてくれーーー」
と泣きついて、あそんでもらうことに。
彼女は5歳も年下なのに、わたしの心の支えです。

この車社会の街で、わたしも友人も車を持っていない。
がーん。
というわけで、駅前周辺で遊びまわることにした。

帯広を知らない方に、すこし説明しておきますと、
この街では、郊外へ移転する店舗が続出しており、
駅前の空洞化が深刻な問題になっているのです。

が、駅前もまだまだ遊べますわよ。

友人と待ち合わせてすぐにランチ。
老舗の「アルデンテ」というパスタ屋さんへ。
玉光堂の2階にあります。
ここでわたしも友人も王道のミートソースをオーダー。
お店のひとは無愛想ですが…味は最高です。
おいしいー。
平日の昼間でも、お客さんがけっこう入っていました。
でも、この味なら納得。

続きまして、前から気になっていた
「BLUE FLEET」という洋服屋さんを見に行く。
ここでは、主にハリウッドランチマーケットの洋服を扱っていて、
男性向けの商品がメインのようだったのですが、
このお店のひとが、とにかくたのしいひとでした。
いっぱいいろんなレコードをかけてくれたり、
Earth Wind And FireやYMOのDVDを見せてくれたり、
何も買っていないのに、いろんなことをおしえてもらった。
すばらしいひとだー。おもしろいし。すげーたのしかった。
たぶん1時間はいたな、何も買ってないのに。
また遊びに行きたいと思ってしまった。

さて、はしゃぎつかれたので、今度はお茶をすることに。
西1条通りにあるカフェ「chill」へ。
わたしはこのお店がかなりすきです。
インテリアがおちつくので。
パフェとカフェオレで、我が家のようにくつろぐ。

友人にとっては、すべてはじめていくお店だったようで、
「駅前でこんなに遊べるなんてー」
とたのしんでくれたようだった。よかったよかった。
そうだよ、駅前はたのしいんだよ。
みんなで帯広駅前をもりあげましょうね。

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cafe bar shams

帯広でいちばんすきなお店をみつけました。
とっても小さなカフェなのですが、
すてきな雑貨に囲まれていて、
わたしには夢の世界です。

店内に所狭しと飾られた雑貨は購入することもでき、
しかもとても良心的なお値段。
わたしはいちご柄のマグカップを衝動買い。
白地にレトロないちごの絵が描いてあって、
縁が銀色で厚手のマグカップ。
これで毎日カフェオレとかスープとか飲んでます。

さらに、感動したのは、ジュースがおいしかったこと!

たぶん、コーヒーとか雑貨のお店だと思うのに、
わたしと友人は、あえてももジュースとばななジュースをオーダー。
これが、感動もののおいしさでした。
こんなにおいしいももジュース、飲んだことないよー。

こども連れで行ったのですが、
お店のひとも、常連さんぽいお客さんも気遣ってくれて、
とてもいいひとたちでした。
ありがとうございます。

夜はバーとして営業しているみたいなので、
今度は夜に行ってみようと思います。

場所は、イトーヨーカドーやホーマックがある
巨大なショッピングモール(??)のすぐそばで、
ホーマックの裏の道路をはさんだ向かい側にあります。

わたしははしゃぎすぎて、デジカメを忘れてきてしまい、
もう一度とりにいかなくてはなりません…。

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友のありがたみ。

友人に遊んでもらった。

前回の書き込み以来、
わたしの心は大荒れ模様だったのだ。
明け方4時半まで飲んでみたり、
知らない人とカラオケ行ってみたり
(いや、危ない橋を渡ってたわけじゃないですけどね)、
ふだん吸わないたばこが止まらなくなったりね。

財布忘れてひとりで飲み屋に行って、
人生初めて「ツケ」というものを経験したうえ、
タクシー代まで借りちゃったりしてね。

最低☆

まあ、人生にはこういうときもありますよ。
っていうか、こういうの、けっこうすき。
よっぽどエネルギーないとできないし。

そんななか、だいすきな友人からメールがきたので、
「助けてーー」
と無理やりあそんでもらった。

彼女は立派な母をしているので、
息子もいっしょにやってきたのですが、
ものすごいエネルギーをもらってしまった。
こどもって、生きることに純粋に一生懸命じゃないですか。
わたしみたいに余計なことばっかり考えてたりしてないし。
極端かもしれませんが、浄化された気がした。

それに、しあわせいっぱいに見える彼女も、
しあわせとともにいろんな悩みも抱えていて、
そりゃあ、親になったんだから、当然だろうとは思ってたけれど、
本人の口から話をきくと、
改めて彼女の立派さに感心してしまった。

ひとは、だれでも、
どうしたって悩んだり苦しんだりすることを止められない
ってことがわかった。
それでわたしはすごく楽になった。

きっと、恋人が近くにいたとしても、
何もかもがうまくいっていたとしても、
どんな状況でもわたしはきっと何かしらの種を見つけて
悩んでいたのだろうと思うのだ。
いままでは、自ら進んで悲劇のヒロインを演じていただけだったのだ、
ときづいた。

なんか、大切な友人が「大変だー」っていうのをきいて
元気になっちゃうなんて、
「ひとの不幸は蜜の味」みたいに、
悪人みたいだなあと思わないでもないけれど。
でも、
「ともだちって、ありがたいなあ」
と素直に思った。
そうそう、わたしは恋人だけじゃなくって、
いろんなたいせつなものを持っていたんだったよ。
わたしはみるみる元気になった。

人生は、なるようにしかならないので、
とにかく好き勝手に生きることにします。
燃え尽きるくらいの勢いで。

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何かを得れば、何かを失う。

恋人が仕事を得た。
彼にとっては、約1年ぶりの仕事。
いままで生きていたことが奇跡だ。

そして、来月から遠くへ行くのだそうだ。
今も離れているけど、さらに遠くへ行くらしい。
これからずっと、何年も。

どうしよう。

というのが、いちばんはじめの感想だった。

働けるのはいいことだし、
それを恋人もわたしも望んでいたのだけれど、
これは予想外で、不意打ちだった。

約束はしていなかったけれど、あと1年か、おそくても2年後には、
恋人といっしょに暮らしてみようかと思っていた。
でも、もういっしょにいる未来が見えなくなった今は、
不安と空しさが大きくて、もう気力がなくなってしまった。

わたしには、何も考えずに恋人についていけるほどの無邪気さはなく、
「ずっと待ってるからかえってきて」と言えるほどの一途さもなく、
「結婚して連れて行って」と懇願できるほどの勇気もなく、
「なんとかなるよ、だいじょうぶ」と言えるほどの包容力もなく、
「じゃあお元気で」と言えるほどの潔さもない。

わたしはつくづく男運のない女だと、帰り道におかしくなった。

男女がどちらかに寄りかかることも、妥協することもなく、
お互いに自立するというのは、
とてもむずかしいことなのだと思った。

2

江國香織 「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」

薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木 薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木を読みました。
 江國香織の作品はすべてだいすきだけれど、
 これは、特にすき。
 読み終わってすぐに、もう一度読み直してしまうくらい。
 何度よんでも、うっとりするこの世界。
 わたしにとっての、「読む精神安定剤」です。

 今日も、なんとなく、いらいら、鬱々、していたのだけれど、
休憩中にたった数ページを読んだだけで、
あっという間にこの優雅で、静かで、ほどよく力の抜けた世界に
惹きこまれてしまい、とても清清しい気分になったのは、
自分でも新しい発見でした。
こんなに自分の精神状態に影響を与える本があったとは、
そんな本をかけてしまう作家さんがいるとは。

この作品には、とにかくたくさんの登場人物が出てきます。
わたしはどのひとにも、共感できる部分があり、
そして、うらやましく思う部分がたくさんあります。

陶子のおだやかさ、
れいこのスタイリッシュなかっこよさ、
エミ子の自立しようとする気持ち、
綾の勉強熱心なところ、
衿のさわやかさ、
草子の一途さ、
麻里江の余裕のある暮らし、
道子の情熱と
桜子のきちんとしているところ。

ひとはみな、かならずいいところを持っているんだよなあ、
と思いました。

ミクシィで、
薔薇の木は道子、
枇杷の木は衿のエピソードが出てくるけれど、
檸檬の木は何かわからない、
というトピックがあって、
それでわたしなりにいろいろと考えてみたのです。

これは、あくまでもわたしの予想なのだけれど、
檸檬の木、とは、「結婚」の象徴なのかもしれないなあと思いました。
檸檬の花や木はきれいだけれど、その果実は、とてもすっぱい。
まだ結婚の経験がないわたしにとっては、結婚って、そういうイメージです。

ちなみに、その書き込みをしたあと、
だれもトピックに書き込みしてくれなくなっちゃった…。
わたしのせい?

というわけで、
とても、とてもすきな作品です。

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デート。

今日はおやすみの日。
がんばって、めざましよりも早く起きたのに、何もする気になれなかった。

寝起きから、チョコレートをたべ、ごはんをたべ、
アイスクリームをたべ、みかんをたべ、
それでもまだだらだらしていた。
さすがにすこし気がとがめておなかを見たら、まるで、妊娠6ヶ月だった。
なんだこれは、と自分でもおどろいた。
何かがわたしの腹のなかにいる。

それにしても、布団でしっかり眠るのとちがい、
太陽の光がさしこむ昼間に、ソファでうたたねをするのは、
なんて気持ちがよいのでしょう。
「しあわせって、こういうことなのかもー」
と、おとーさんがパチンコでもらってきた毛布にくるまり
うとうとしながら、本気でそう思った。
わたしの前世は、きっとネコだったのだろうと思った。

そんなわけで再び目を覚ましたときには、
もうとっぷりと日が暮れていて、真っ暗になっていた。
今日はおかーさんが、泊りがけでマッスルミュージアムを見に出かけたので、
ごはんのしたくや、台所のかたづけなどをしなくてはならないのに。
どうしようどうしよう、
と家のなかをうろうろしていたら、おとうさんが帰ってきた。
「ごはんたべにいくか」
ということになり、久々におとうさんとふたりでデートをすることになった。

とりのいとうに行こうかしら、と提案すると、
めずらしくおとうさんは「おう、行こう、たべたい」とのってくれたのに、
定休日だった。
食事にあまり興味をもたないおとうさんがせっかく「たべたい」と
言っていたのに、とりのいとうはおやすみだったので、
わたしはすこし悲しい気持ちになった。

結局「肉にしようか」ということになり、牛角へ行くことに。
牛角のとなりには、平和園というローカルジンギスカン店があったのだが、
平和園は、車もとめられないほど混んでいたのに対し、
牛角には、ぜんぜん車がとまっていなかった。
ローカルエネルギーの強さに、わたしは感心した。

おとうさんは、今日が牛角デビューで、
メニューの豊富さに混乱していた。
さらに、七輪の熱さに「あつい、あつい」と困惑していた。
平和園のほうが、慣れているのでおちつくらしい。

おとうさんは、自由人なので、
ふたりで食事をしているからといって、
父と娘の会話をたのしもうという気がさらさらない。
おとうさんは、ひとりでゴルゴ13を読んでいた。
わたしは恋人とメールをしたり、
どんぶりいっぱいのわかめスープを飲む父をじっと見たりしていた。

帰りに「あしたのあさごはんをどうしようか」という話になった。
そうか、あしたのあさもおかーさんはいないんだー、
と思ったら、なんとなく心もとない気持ちになった。
こどものころとおなじだ、と思った。
もう25歳にもなるのに、両親が留守にすることを心もとなく思うのは、
あの頃とまったく変わっていないのだ。
すこし、ふくざつな気分になった。

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